どんな病気か
自閉スペクトラム症(ASD: Autism Spectrum Disorder)は、発達障害のひとつです。「社会的なコミュニケーションや対人関係の困難さ」と、「限定された興味やこだわり、感覚の偏り」といった特性が、生まれつきの脳機能の発達の仕方の違いによって生じます。「スペクトラム」とは「連続体」を意味し、虹のグラデーションのように、特性の現れ方やその強さが人によって様々で多様であることを示しています。そのため、知的な遅れを伴わない場合や、大人になってから社会生活の中で困難を感じて気づかれることもあります。ASDは病気というよりも、その人の個性や特性と捉える考え方が一般的です。育て方や環境が直接の原因ではありません。
症状(主な特性)
ASDの主な特性は、大きく以下の2つの領域に分けられます。これらの特性の組み合わせや程度は人それぞれです。
1. 社会的コミュニケーションおよび対人相互作用の質的な困難
- 対人関係の難しさ:人と関わること自体が苦手、相手との距離感が掴みにくい、集団の中で孤立しやすい、友人関係を築いたり維持したりすることが難しい。
- コミュニケーションの困難:場の空気を読むことや、相手の表情・声のトーン・身振りなどから気持ちや意図を読み取ることが苦手。比喩や皮肉、冗談などが理解しにくい。視線が合いにくい。自分の関心事を一方的に話し続けたり、会話のキャッチボールが苦手だったりすることがある。
2. 限定された反復的な様式の行動、興味、または活動
- 強いこだわり・限定された興味:特定の物事(電車、特定のキャラクター、歴史上の出来事など)に非常に強い興味を持ち、そのことばかり考えたり話したりする。
- 同一性へのこだわり・変化への抵抗:決まった手順、道順、物の配置などにこだわり、変更されると不安になったり混乱したりする。
- 常同的・反復的な行動:手をひらひらさせる、体を揺らす、特定の音を繰り返す、物の匂いをかぐなど、同じ行動を繰り返す。
- 感覚の偏り:特定の感覚(聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚など)に対して、非常に敏感(過敏)であったり、逆に鈍感であったりする。(例:特定の音が耐えられない、光が眩しすぎる、特定の服の肌触りが苦手、痛みや温度を感じにくいなど)
原因
ASDの原因は、まだ完全には解明されていませんが、多くの遺伝的な要因が複雑に関与し、生まれつき脳機能の発達に通常とは異なるところがあるために起こると考えられています。特定の遺伝子だけで決まるものではありません。**親の育て方や愛情不足が原因ではありません。**
治療法・支援(当院でできること)
ASDそのものを「治す」ための根本的な治療法はありません。治療や支援の目的は、ASDの特性を持つご本人が、自身の特性を理解し、日常生活や社会生活での困難を軽減し、持っている力を活かしてより良く生きていくことをサポートすることです。当院では、以下の様なアプローチを検討します。
1. 診断と特性理解(心理教育)
丁寧な問診や、必要に応じた心理検査などを通して、ASDの診断や特性の評価を行います。ご本人やご家族が、その特性を正しく理解し、受け入れていくための情報提供や心理教育を行います。自分の「得意なこと」「苦手なこと」「感覚の特性」などを知ることが、適切な対処法を見つける第一歩となります。
2. 環境調整
ご本人が過ごしやすいように、物理的・人的な環境を調整することが非常に重要です。例えば、以下のような工夫が考えられます。
- 刺激の少ない、落ち着ける環境を整える(音、光、人の多さなどへの配慮)
- スケジュールや手順を視覚的に示す(絵カード、文字でのリストなど)
- 曖昧な表現を避け、具体的で肯定的な指示や伝え方をする
- 変更がある場合は、事前に伝え見通しを持てるようにする
- 本人が安心できる場所や時間を確保する
当院では、学校や職場、家庭での具体的な困りごとについて、どのような環境調整が有効か一緒に考え、助言を行います。
3. 心理社会的支援(療育)
コミュニケーションスキルや対人関係スキル、感情のコントロールなどを学ぶためのトレーニング(ソーシャルスキルトレーニング: SSTなど)や、認知行動療法的なアプローチが有効な場合があります。苦手なことへの対処法を具体的に学ぶことで、自信をつけ、社会適応をしやすくすることを目指します。当院では、心理カウンセリング(臨床心理士)にて、これらの専門的な支援についてご相談いただけます。
4. 併存症・二次障害への対応
ASDのある方は、不安障害、うつ病、睡眠障害、ADHDなどを併存することがあります。また、特性による困難さから、二次的に不登校、ひきこもり、自信喪失などの問題が生じることもあります。これらの併存症や二次的な問題に対しては、精神療法や薬物療法を含む適切な治療や対応を行います。ASDの中核特性自体に直接効く薬はありませんが、併存する症状(強い不安、抑うつ、衝動性、睡眠障害など)を和らげるために薬物療法が検討されることがあります。
セルフケア・周囲の関わり方
ご本人の工夫と、周囲の理解と適切な関わり方が、穏やかな生活を送る上で大切になります。
ご本人にできること
- 自分の特性を知る:何が得意で、何が苦手か、どんな感覚が過敏/鈍感かを理解しましょう。
- 安心できる環境作り:自分がリラックスできる場所や方法を見つけましょう。
- 具体的な対処策:スケジュール管理、メモの活用、視覚的ツールの利用など、自分に合った工夫を取り入れましょう。
- 助けを求める練習:困ったときに、誰にどのように助けを求めればよいか考えておきましょう。
- 体調管理:十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な休息を心がけましょう。
周囲の方へ
- 特性を理解する:ASDはその人の「個性」の一部であり、「わがまま」や「やる気がない」わけではないことを理解しましょう。
- 具体的・肯定的な伝え方:曖昧な指示や皮肉は避け、具体的で分かりやすい言葉で伝えましょう。「~しないで」より「~しよう」という肯定的な表現が効果的な場合があります。
- 見通しを立てる手伝い:予定の変更は早めに伝え、スケジュールを視覚的に示すなど、見通しを持てるようにサポートしましょう。
- 感覚への配慮:感覚過敏がある場合は、音、光、匂いなどの刺激を減らす工夫をしましょう。
- 得意なこと・興味を尊重する:本人の強い興味や得意なことを、自信や社会参加に繋げられるようサポートしましょう。
- 安心できる環境作り:本人がパニックになったり混乱したりした時に、クールダウンできる静かな場所を用意するなど、安心できる環境づくりに協力しましょう。